『もっけの幸い』オフィシャル・インタビュー

  • 柳原陽一郎『もっけの幸い』Official Interview
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“もっけの幸い”とは、めったにない幸せという意味の言葉。
たまのメンバーとして『さよなら人類』でデビューして25年。柳原陽一郎として一人で歌い始めて20年。 見晴らしのいい山の頂上で素敵な景色を目にしたこともあれば、途方に暮れながら当てどなく谷を歩いたこともある。 晴れの日も雨の日も、春も夏も秋も冬も、笑ったり泣いたりしながら作った歌が、いつの間にかこんなにたくさん集まった──。もっけの幸い、まさにその言葉どおりの作品です。

柳原陽一郎『もっけの幸い』

ソロで20年。たまでデビューして25年。たまを結成して30年。……音楽活動を始めて30周年になるんだね。


──『もっけの幸い』は柳原陽一郎としての初のベストセレクション・アルバムになるわけですが、もっと早いタイミングで出ていてもよかったような気もしますね。

Yana » そうね、これまでも何度か話は出てました。デビュー15周年、20周年の時とかね。たしか2005年の15周年の時も、「今までのヤナちゃんのベスト盤を出せばいいんじゃないか」って話になったんですよ。

──そのときはまだ、そういう気持ちにはなれなかった?

Yana » あのときはアルバムで言えば『ドライブ・スルー・アメリカ』『長いお別れ』『ウタノワ』『ONE TAKE OK!』しか出してなかったから。そこにたま時代の『さよなら人類』やら『オゾンのダンス』やらを混ぜこぜにして出したとて、自分のなかではなんか全然面白くないな、それは違うんじゃないかなと思って。だったら、たま時代の曲のベストセレクションっていうことにしてセルフカバー・アルバムを作ったらどうかってことになり。それでできたのが『ふたたび』だったんですよね。

──では20周年の時はどうだったんですか。

Yana » そのときは『DREAMER’S HIGH』を作りたくて、僕が突っ張ったんだと思う。『ふたたび』のあとにオリジナルアルバムは『ウシはなんでも知っている』しか出してないし、『LADIES AND GENTLEMEN!』はWarehouseとの共作アルバムだしって。っていうかね、あのときはどうしても『DREAMER’S HIGH』を早く作りたかったんだと思う。だからスイーツデリのスタッフに頼んだような記憶がある。オリジナルアルバムを作らしてくれって。『DREAMER’S HIGH』を作りたいんだって。20周年ということで5ヶ月間連続で全曲ライブをやる、その人達とパッと作っちゃうからって。それで、その代わりというわけじゃないけど、これまでのことをまとめたアーティストブックのような『Yanathology』を作ったんですよね。

──そしてまたあっという間に5年が経ち。

Yana » そうそう。で、また25周年の区切りがきて、どうしようってなったときに、「出すか」ってことになったという。

──たまたまかもしれないですけど、15周年、25周年のタイミングでまとめの音源が出ているんですね。

Yana » すると次は35周年ですか、あたたたた(笑)。

──でも15周年、25周年というデビューから数えた記念イヤーは、ソロということで言うと10周年、20周年に当たる年になるので。そう考えると10年目、20年目の節目の年に、まとめの音源が出ていることになりますね。

Yana » あ、なるほど。たしかにそうかもしれない。ソロデビュー20周年。たまでデビューして25周年。ということは、たまを結成して30年かぁ。音楽活動を始めたっていうことで言うと、30周年になるんだなぁ。そっか……。なんかちょっとスッキリするね、そのほうが。あとね、そろそろベスト盤があると便利だなって思うことが増えたのも、理由の一つかもしれない。

──はじめましての方に対して、とか。

Yana » それは大きいよね。ライブ会場とかでCDを販売するときに「どのCDが一番いいですか」って聞かれることが多いんだけど、「どれもいいです」って答えるのも無責任だし。そうすると「ロックならこれで」とか、「今日の最後にやった曲は、これに入ってて」とか言うことになって。それもお客さんにとっては、ずいぶん面倒臭い話だし。なんかこう、まずはベスト盤買っとけ、みたいなのがあるといいのかなって。僕も実際、最初に買ったビートルズのアルバムはベスト盤だしね。

──そうすると選曲に関しては「はじめまして」の方のことを考慮したりしましたか。まずはこの曲から聴いておいてもらおうかな、みたいな。

Yana » そういう意思は全然なかったです。自分の曲のなかでのベストな曲というよりも、そのときにやりたかったことが上手く録れてるなっていう曲を選びました。だから自分で納得のいってないテイクは入ってないという。

──ということは意地の悪い言い方をすると、柳原陽一郎をまんべんなく知ってもらう曲というよりも、自分にとってのモニュメント的な曲という意味合いのほうが強い、とも言えますか。

柳原陽一郎『もっけの幸い』

Yana » そういう言い方もできるかもしれない。曲を選ぶときに、まずテイクがいいっていうのが一番だったから。その時の自分の拙い感じ、めいっぱいな感じが出てればいいかなっていう。だから『ひまわり』だって『オゾンのダンス』だって『牛小屋』だって、入れたい曲は山ほどあるんだけど、なんかそういった曲よりは『BAD LOVE』だったんじゃないかな。「やりたいことができてる」とか、「スタジオである種の面白~い化学反応が起こって、いいテイクが録れたね」とか、「わ、自分の実力以上だね、これは」とか、そういう感じのテイクを選んでいったら、この14曲になったって感じかな。たとえば『ホーベン』だって、菅原(弘明)さんがああいうギターを入れてくれなかったら、こんなに好きな曲になってないし。そう思うと、スタジオで“もっけの幸い”的なことが起きた曲が多い。『さよなら人類』だったら、水谷(浩章)さんが頑張ってくれてたりさ。

──とはいえ、ある程度のバランスは考えるわけですよね。アップの曲ばかりにならないようにとか、静かな曲ばかりにならないようにとか。

Yana » うん、そうじゃなければ、このアルバムの三分の一くらいの曲が『ほんとうの話』の曲になってたと思う。記憶も濃いしね、上手くできたっていう思い入れもあるので。それじゃさすがにね、どうなのってことになるから。そこはこらえて『ほんとうの話』からは、どちかというとそんなに派手じゃない『ほんとうにスキな人』を選んだりしてるけどね。でもあれも、20回近く歌ったなかで、あれだけのものが録れたっていうのは自分のなかではすごく誇りあることで。そうだね、誇りがあるって感じかな。誇らしい感じのテイクが多いかな。

自分の思ってること以上のものになった、そういう「いいテイク」の曲を選んだかな。


──「よくこんな曲を作れたな、嬉しいな」っていうような誇らしい曲ではなくて、誇らしいテイクなんですね。

Yana » そうだね。曲っていうよりテイクだね。でも「誇らしい曲」と、自分のなかで「このテイクはいいなぁ」っていう曲は、そんなには変わんなかったよ。「この曲、好きなんだけどテイクがな、やっぱり出せないな、ベストアルバムには」っていうのは2~3曲くらいだった。いい曲なんだけど、この曲はもうちょっとアレンジの仕方があったんじゃなかろうかとか。もうちょっとキーを低くしたほうがよかったんじゃないかなとか。それはね、正直言って数曲あります。

──誇らしい曲と誇らしいテイクはだいたい一致している。

Yana » はい、そうですね。

──その「テイク」なんですが、聴く人は収録されているもの以外のテイクを聴いていないし、テイクがいい悪いと言われても、「上手く演奏できたのかな、上手く歌えたのかな」っていうふうにしか考えようがないんだけれども。作り手にとってのいいテイクというのは、もうちょっと違う意味があるものなんですか。

Yana » うんうん、あるね。僕が思う「いいテイク」っていうのは、曲以上のものが録れてるねっていうこと。自分の思ってること以上のものになったっていうこと。

──同じアレンジなのに。

Yana » はいはいはいはい。すべてが、こうハマってるなっていう感じかな。

──演奏がいいとか、ボーカルがいいとかいうことだけじゃなく。

Yana » そう、ミックスとかエンジニアさんの問題、スタジオの問題、響きの問題っていうこともあるよね。そういうのを含めて、一期一会のセッションが作品として結実してるものが、いいテイクだと思うんだけど。だから録音にはすごく神経使うんですよ、僕は。もちろん技術的なことは任せるけど、だからこそ技術的なことがわかってる人しかスタジオにはいてほしくないし。スタジオの雰囲気を汚すような人とは、できるだけ仕事をしたくないし。汚すっていうのはあれだよ、ウンコがついたパンツでやってくるとか、そういうことじゃないよ。

──不躾な人とか。

Yana » そう。スタジオってのは、「どうしたもんだかな……」ってものすごく考える時間とか煮詰めていく時間とかがあると思うんだよね。そういうときに「どうでもいいじゃん」じゃなくて、「煮詰めていく時間も大事にしようよ」って考えるような人とやりたいっていうのがすごくあるからさ。そういう感性を持った人達と、ある意図のもとに録音したら、ケーキが焼けたときに膨らむようなホッコリした感じになった、そういう曲が好きだって感じかなぁ。よく、ホッコリするって言うんだけどね。ホッコリしないのはダメよ、やっぱり。特に生楽器を多く使ってるから、音がホッコリしたなぁっていうものが好きですね。

──すると今回の14曲は、すべてホッコリしたテイクというわけですね。

Yana » 『フリーダム・ライダー』とかはズッコケてるけどね。それはそれとして、ズッコケてる自分っていうのがリアルで面白いなぁと思って。ちゃんとズッコケてるから、これは愛しいなぁって。『まごころのうた』とかも、たぶんそう。ちゃんとズッコケてるから。この2曲って、ソロキャリアの最初の頃でしょ。カッコいいこと言ってても、最初はちゃんとズッコケてるとこから始まってるなぁっていうことがよくわかると思って入れときました。

柳原陽一郎『もっけの幸い』

──ところで『LADIES AND GENTLEMEN!』と『うたのかたち』の曲は、2作ともコラボレーション作品だから入らなかったのかなと思いましたが、『ドライブ・スルー・アメリカ』と『長いお別れ スペシャル・エディション』から1曲も入っていないのは何か理由が?

Yana » それはね、権利の問題と考えてもらえれば。簡単に言うと、スイーツデリレコーズが権利を持っているもののなかから選んだということですね。だから私が死んだあとで誰か偉い人が、「レーベルの垣根を取っ払ってまとめた作品を作りましょうか」ってことがあれば、そういうベスト盤ができるかもしれませんが。でも、『長いお別れ スペシャル・エディション』は、ある意味、ベスト盤のようなものなので。だけどどうかな、もしもレーベルの垣根がなければどうしたんだろ。『ブルー・アイズ』を入れて、『きみを気にしてる』を入れるくらいじゃないのかな。

──テイク問題で言うと?

Yana » そう。今聴くと。あぁ……でも案外ね、テイクで言うと『愛される不思議』だったりする、自分のなかでは。

──でも今回のベスト盤は選曲も曲順もサッと決まったそうですね。

Yana » サッと決まったね~。

──これだけいろんなタイプの曲があると、曲順は悩みそうな気もしたのですが。

Yana » あ~、でも考えてみれば、もしもこの14曲をライブでやっても、この曲順になるような気がするな。なるなるなる、たぶん『満月小唄』で終わって、『ホーベン』『徘徊ロック#5』『まごころのうた』がアンコールかな。だからライブの曲順を考えるような感じで、ほんっとにすぐ決まった。

──『フリーダム・ライダー』で始まるのは意外でした。

Yana » ああいうライブテイクは途中には入れにくいし、だから1曲目なんじゃないの。でもあの曲、入れたかったんですよね。

──テイクがいい、ということだけじゃなく?

Yana » いやだから、自分が一番言いたいことを言ってるんじゃないのかなぁ。俺の心を汚すような奴はそばに来るんじゃねぇってことを、一番言いたかった曲だからさ。 結局、自由っていうのは、そういう奴らが邪魔するからね。

──人の心を汚す人間が自由を邪魔する。

Yana » そうそう。そういう連中は「もっと自由になれよ」ってすり寄ってくるんだけど、絶対に人を自由にさせないじゃない。そう言うお前が一番自由を邪魔してるんじゃないのか、って。けっこうそれは自分のなかの大っきなテーマっていうかさ。たぶん、普通に真面目に勤めてたり生活したりしてる人は、わかることだと思うけどね。で、悪いけど、それをわかんない人とは、あんまりつきあいたくないなっていうのはあるからさ。

──それは昔から。

Yana » 昔から。やっぱり不思議なもんでね、自由になれよっていった奴が不自由な災いをもたらしてくるのよ。だって自由なんて天気みたいなもんだもん。「いい風吹かそうよ」なんて言ってる奴が、一番ガンだったりするからさ。そこら辺はバチッと言っとかないと。

──それをアルバムの頭で言っておくよ、と。

Yana » 言っとくからね、俺はって。もともとこういう人間だからって言っとかないとね。

──そして言うだけ言ったら『あの娘は雨女』。

Yana » そこで溜飲が下がるから。魂を汚す奴は容赦しないよって言っとけばさ、『あの娘は雨女』にいける(笑)。

──それにしても曲順は起伏に富んでいますね。

Yana » そう? いや、でも『再生ジンタ』のあとに“弱い人間が弱い心をさらけ出す”って、ものすごい合ってると思ったし。“お前がいなくちゃ生きてはいけない”みたいなことを言ったあとに『BAD LOVE』になって。『BAD LOVE』は今まで自分が録音したテイクのなかで一番好きだから。歌はともかく、あれがスタジオでできたってことがすごくよかったので、『BAD LOVE』で一区切りついて、じゃ次は何から始めるかな、『さよなら人類』からにするかなって感じだったかな。

──『さよなら人類』のあとの『おろかな日々』っていうのも絶妙ですね。

Yana » 『さよなら人類』を作ったのが高円寺でしょ。で、『おろかな日々』は阿佐ヶ谷で飲み明かすでしょ。だから自分のなかで近いんだよね、場所的に。たぶんそれがあったと思うな。中央線の2曲ですよ。で、『おろかな日々』で、“金が貯まればこんな国とはさよなら”なんて言ってるから、次は『航海日誌』だなって思ったんじゃない。それで海繋がりで『真珠採りの詩』。たしかそうだと思うよ。またあの曲にはガットギターとかが入ってるから、次はアコースティックな『ほんとうにスキな人』がいいかなぁって。

──『まごころのうた』が最後なのは、これもライブトラックで途中に入れにくかったからですか。

Yana » それもあるけど、これはサービスだから、オマケですよ。気分的にはアンコールが『徘徊ロック#5』で、オマケが『まごころのうた』かな。

柳原陽一郎『もっけの幸い』

できる限り頑張って、だけど最終的には偶然に任せる、そうしたら幸せがちゃんとやってきてくれるんだよね。


──タイトルの『もっけの幸い』は、かなり早い段階で決まっていたようですが。何をきっかけに?

Yana » 全然憶えてないわ。たぶん、長年やってりゃ曲がたまる、曲がたまりゃベストアルバムができる、もっけの幸いだねって感じだったんじゃないかな。

──でもそれだけじゃなく、いろんな角度からの“もっけの幸い”が詰まった1枚のような気もしますね。

Yana » そういう意味で言うなら、なんか自分で、できるだけ幸いが起きるようにしてるのかもしれない。簡単な話で言えば、CDデビューしたいと思う人が頑張って練習してオーディション受けるのは、かなり意志的なものだよね。でもそっちのほうじゃないんだよな……。もうちょっと待ってる感じというか。とにかく自分でできる限り頑張って、だけど最終的には偶然に任せる、そういうところはあるかな。でね、そうしたらやっぱり幸せがちゃんとやってきてくれたから。だからそれを『もっけの幸い』という言葉でくくったんじゃないのかな。

──“もっけの幸い”って、あまり使わない言葉のように思ったのですが。

Yana » みたいね。僕は普通に好きだけどな、言葉として。

──普段も使っています?

Yana » 使うね。古いもん、言葉が。「待てば海路の日和あり」くらい使うな。

──「くらいに」と言われても、それもあまり使わないので比較にならないです……。

Yana » あ、そう? かなり日常会話で使う頻度が高いけど。「待ち人来たらず」くらいの頻度かな。

──そして2015年は3月の京都・大阪・名古屋・金沢のツアーをはじめ、いろんなところにライブをしに行く予定だそうで。

Yana » なんか思ったんだよね。聴いてくれれば、それでいいんだって。まぁ、できれば尊重してほしいけどね、歌ってる人間を。歌ってるときにタバコの煙を吹きかけられるのは嫌だし、ベチャベチャお喋りされるのも嫌だし、尊重はして欲しいけど、最終的には、それはお金をもらってる人間が言うことじゃないからね。フレンチレストランで醤油をぶっかけて食う奴だっているわけじゃない?

──絶妙な塩加減にしたのに……みたいな。

Yana » そうそうそう。それはしょうがない、それが嫌だったらやめちまえって話もあるわけよ、この世界って。だからそこはこう、なんだろうね、そういうのも楽しみながら、これからどうやって歌っていこうかなと思うんだけどね。たぶんスマホ文化になると、どんどんマナーは悪くなっていくと思うんだよ。

──すでにスマホで写真をバシバシ撮るような人もいますから。

Yana » そう。どんどんマナーが悪くなってくだろう世の中と、自分ができる精一杯いいものを届けようという気持と、その二つをどう折り合いつけていくかが、これからかなり難しくなったりするかもしれないけど。そこで、くじけないようにしないとなと思うよね。だから理想ってものは求めないほうがいいのかもしれない、と思うようになったかな。もっと上手くなるとか、もっと売れるとか、そういうことじゃなくて、ほんとにいいものを、今自分にできる一番いいものをっていうような感じでやってけばいいのかなぁって。見返りを期待しないで、その日の精一杯でいいんだろうなぁって。そしたらさ、また“もっけの幸い”がきてくれるような、そんな気がするんですよね。

──25年目にして、そう思った。

Yana » そうね。なんか、2011年の地震が大きかったのかもしれない。あの地震のあと、なんだろうな……自分の考え方とか感じ方とかが変わっちゃったからね。つまらない言い方をしたら、だいぶ普通の人になりましたよね。

──普通? どういうことですか?

Yana » その前が特殊だったっていうわけじゃないんだけど、いい加減な人だったっていうかさ。小さいことで言えば、まず早起きするようになったし、アーティスト気取りで時間を浪費してるようなやり方ってのは、いったいなんだろうって思うようになったし。そのときに終わったんだよね、何かすべてが。「ヤナちゃんで~す!」みたいなのは、もうギャグだなって。なんていうか素に戻っちゃって。そこで素に戻った自分は何が歌えるのか、ってとこから始まったわけじゃない、きっと。それがまぁ、『再生ジンタ』であるし、『ほんとうにスキな人』であるんだけども。そういう意味では、お客さんがどう言おうが、もう素に戻った自分でしか歌えないっていう。そっから始めるしかなくなったよね。

──でも、それはソロのキャリア自体がそうだった、とも言えるのではないですか。

柳原陽一郎『もっけの幸い』

Yana » 素にもどった自分で歌うようになったんじゃないか、って?

──はい。

Yana » ……そうだね。そうだったんだと思う。でも、それでもやっぱり改めて気づかされたっていうかさ、「お前、ソロってそうだったじゃん」って。「長いお別れだったじゃん」って。それをあの地震で気づかされたかなぁ。そのうえでの『もっけの幸い』だから。なんだか、とっても腑に落ちるね。まとめ始める前には思いもしなかったけど、こうして自分がやってきたことを振り返ってみるっていうのも、いいもんだなぁと思いました、心から。

Photo: TAKAYUKI OKADA